錦糸町発!ハロー!イースト東京 この街のだいすきなところ、またひとつ
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  • 墨田区江東橋

狸の形は街のアイコン。山田家本店で下町の上質を知る

人形焼の老舗として、戦後まもない頃から錦糸町で愛されてきた山田家さん。

卵問屋という前身に紐付いている「上質な素材でつくる美味しさ」と、この街ならではの人形焼として選ばれた狸型にまつわる物語は、長きにわたり錦糸町を代表するお菓子として在り続けてきました。

山田家さんだから叶った手頃で上質な妥協のない味について、代表の山田昇さんにお話を伺うと、この街とともに生きてきたお店としての誇りにも触れることができました。

『本所七不思議』から生まれた愛らしい狸の人形焼

錦糸町駅南口を背にしてまっすぐ歩道橋を渡り、大通りを進むとすぐに、「人形焼」の字と狸のモチーフが目印の山田家さんにたどり着きます。

軒先に出ている狸と人形焼の字を目印に

ひっきりなしにお客様がやって来ては、馴染んだ様子で人形焼の個数を伝え、ずっしりとした紙袋を手に去っていく風景を目にして、「きっとこれが山田家さんにとってもお客様にとっても日常なんだろうな」と感じました。

人形焼は、個数別で頼むことができます

ショーケースに並ぶ人形焼の形は全部で4種類。さらに、あんこの有り・無しを選ぶことができます。中でも人気なのは、ふっくらしたお腹が愛らしい狸の人形焼です。

「人形焼といえば、錦糸町からもそう遠くない浅草が有名ですが、このエリアならではの形は何かないのかと考えた初代の社長である私の父が、漫画家の宮尾しげを先生という方に相談をもちかけたんです。

宮尾先生は漫画を書くだけでなく歴史の研究もされていたのですが、そのときに『本所七不思議』っていうのが昔からありますよと。そこで父が先生にお願いして、イラストと、型の原画を描いてもらったんですよ」

形の種類は正面から時計回りに狸、三笠、紅葉、太鼓

『本所七不思議』とは、かつて本所と呼ばれていた墨田区周辺に江戸時代から伝承されている怪談のようなもの。落語の題材にもなったりと、古くから街の人々に親しまれてきました。

その中の一つに錦糸町を舞台にした「おいてけぼり」というお話があり、狸が出てくるのだそうです。物語は山田家さんの包み紙にも描かれています。

『本所七不思議』の物語が描かれた包み紙

なんと、直木賞作家の宮部みゆきさんは、幼い頃から地元で馴染みのあったこの包み紙をヒントに、『本所深川ふしぎ草子』を書いて吉川英治文学新人賞を受賞しました。

漫画家や小説家の先生など、文化人の方々とのつながりも強い山田家さんです。

「ただ商品を作るだけじゃなく、物語性があった方が人にお渡しするときに話しやすいじゃないですか。でも実は、昔は『本所七不思議』にちなんだ型は7つあったんですが、あまりにも狸だけが人気なもので、これだけになったんです」

奥の厨房には、そんな大人気の狸形が生まれる場所がありました。

上質素材でつくる妥協のない味

特別に覗かせてもらうと、そこには人形焼の型がはめこまれた専用の機械が。これで毎朝少なくとも4000個もの人形焼が作られるそうです。

その日のうちに焼いた人形焼をおいしいまま提供するのが山田家さんのポリシー。贈答品として使われることも多いので、年末年始などのイベントごとのある時期は一日一万個焼くことも珍しくないといいます。

専用の型に生地を流し込み、毎日焼いています

美味しさへのこだわりは、当日焼くことだけではありません。

実は、山田家さんの前身は卵問屋さん。先代が問屋さんとして築いた卵のネットワークを活かして、当時下町で人気が出ていた人形焼を始めたのがきっかけです。

そのため、生卵の状態でも美味しく食べられるほどの上質な奥久慈卵を使うことにこだわっています。元々問屋さんだったからこそ、一般的には高価になってしまう卵を使っても、お客様にリーズナブルな価格で提供することができるのです。

奥久慈卵は黄身が大きいため、人形焼の生地も必然的に色味が濃いのが山田家さんならではだそう。

「新鮮な卵は、特有の”濃厚卵白”っていうのが出るんです。それがうちの人形焼には多く含まれているので、ふわっと仕上がる。うちは卵以外の砂糖やあんこ、水にまでこだわっているので、これだけ材料の原価が高い人形焼屋は他にないですよ(笑)」

山田さんがそう話しながらまず見せてくれた大きな容器の中には、大粒のザラメやはちみつがそれぞれに入っていました。

「ザラメはアクが少ないので、食べたときの後味がすっきりしているんです。これはあんこの甘みを出すために入れるもので、生地の方には砂糖とはちみつを入れます。はちみつを入れると生地がきつね色になって、はちみつの風味が残るんです」

また、あんこは北海道産のもの。こしあんにすると10kgの小豆から7kgまで減ってしまうそうですが、それでもなめらかな口当たりに妥協はありません。

「あとは、水です。普通の水道水にはカルキなどが入っているので、素材の香りが飛んでしまうため、うちでは70年も前からアルカリイオン水を使っています。これであんこを炊くと上品な甘さが引き立つんです。初代も私もAB型でね。AB型って、つまんないことにこだわるんですよ(笑)」

お話を伺うほどに「早く食べたい!」という気持ちがつのっていったので、お店で買っていただいてみました。

ぱくり。生地からははちみつのいい香り

ふわふわした濃いきつね色の生地には、卵の黄身感とはちみつの香りを感じました。ひとくちいただいて、まずあんこのきめ細かいなめらかさにびっくり。甘さはそれほど強くなく、一つ食べたらまた一つと手が伸びそうな食べやすさです。

箱詰めの人形焼を手土産に買っていく人の姿もたくさん

最初にお店に入った時、大きな箱にたくさん詰まった人形焼のサンプルに「こんなにたくさん買っていく人がいるんだ」と圧倒されましたが、食べてみたら納得でした。

予約しておいてまとめて引き取りにくるスーツ姿のビジネスマンの姿も多く、ちょっとしたご挨拶などにも、錦糸町を代表するお菓子として重宝されているのを感じました。

街にとって良いお店でありつづけたい

「やっぱり下町の人ってね、大きくて安くて美味しくないとだめなんですよ。だから味は絶対落とさないし、あんこもけちらない。いいものを作って、なおかつ『本所七不思議』のような歴史的な背景も伝えていくことで、街にとっても良いお店であったらいいなと思います」

そう話す山田さんは、墨田区商店街連合会の会長も務めています。自分たちのお店だけでなく、街のことを考えているのには、ここで生まれ育って歴史を共にしてきたという自負を感じました。

山田家の製造面は息子さんに譲り、現在は墨田区商店街連合会も務めている山田さん

「70年くらい前は、このお店の裏手には広場があって、サーカス団がよく来ていました。それからこの辺はどんどん映画館ができて娯楽施設のある街として発展していきましたね。錦糸町テルミナに店舗として山田家が入ってからも、もう50年くらいですかね。子供の頃はケーキ屋さんなんてものはこの辺じゃテルミナにしかなかったから、そこでケーキを食べるのが唯一の贅沢でしたよ」

創業は70年に近い山田家さんの歴史は、これからも続いていきそうです。

「街は変わっていくけれど、ここで長く続いてきた“本流”の部分は大事にしたいですね。『ウチも良くて、街も良く』っていうのは、この場所で何十年もやらせていただいている責任でもあると思います」

手渡してもらった紙袋は、たっぷり入ったあんこの重みでずっしりと感じました

お店にお客様が出入りするたびに、「いらっしゃいませ、どうぞ」と優しく気遣う山田さん。必ず会話を止めて、人形焼を抱えて帰っていく姿にも「ありがとうございました」とにこやかに送り出されている誠実さが印象的でした。

例えば里帰りするときに、都内に住む友人のお家にお呼ばれするときに、お世話になった方へお礼をするときに。

「私の住んでいる街にはこんなお菓子があるんです」と、『本所七不思議』の狸のお話と共に語りたくなる人形焼でした。

素敵な「Hello!」が、今日もあなたに訪れますように。

(取材・執筆:山越 栞)

山田家本店
住所東京都墨田区江東橋3-8-11  Google mapで見る
営業時間10:00〜18:00
定休日水曜日
TEL03-3633-8591
WEBhttps://www.yamada8.com/
etc. テルミナ店舗 

※本記事に掲載している情報は、2022年3月時点の情報です。

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