下請けの町工場が生み出した技術の結晶。笠原スプリング製作所のオリジナル商品って?
東京都内でも多くの町工場がある墨田区。路地を歩くとあちこちから機械の音がしてきたり、ちいさな工場の看板が目に入ったりするのは、この街ならではの風景です。
日本のものづくりを陰で支えてきたそんな町工場から、数々のオリジナル商品が生まれていることをご存じでしょうか?
今回訪れた笠原スプリング製作所も、試行錯誤の末に完成した「てのひらトング」と「TREE PICKS(ツリーピック)」という2つの商品を生み出した町工場です。
同業者や大手企業も関心を示すほど、技術と工夫が詰まった商品の背景には、計り知れないほどの試行錯誤の日々がありました。
製作所のシャッターをくぐり、代表の笠原克之さんにお話を伺います。
やってみてダメなら諦めがつく。窮地のチャレンジが新商品を生み出した
笠原スプリングを目指して八広の住宅地を進んでいくと、右にも左にも「◯◯製作所」の文字。ここは、ものづくりの盛んな墨田区の中でも、特に町工場が多いエリアなのです。
「自分なんかは生まれた時からここだから、昔は周りの家には『蹴飛ばし』という足で踏む機械がどこにもあって、ブリキのおもちゃなどを加工して内職している風景が日常でした。今の都営団地のところには大きな石けん工場もあったし、それに比べたら工場も随分減りましたね」
4代目の笠原さんは、工場の2階にある事務所でゆっくりと話し始めます。
創業者である笠原さんのひいおじいさんは、スプーンや調理器具を「叩き出し」という技法で製作していたそうです。その後親戚のつてでバネの製作を請け負うようになり、昭和の時代は軍事関係から自動車・農機具の部品製作へと変遷していきます。こうして、他の町工場と同じように、大手企業の下請け製作を生業にしてきました。
ところが……。
「リーマンショックの時に、大きなダメージを受けてしまったんです。お客さんが倒産してしまったりして、数百万円の約束手形が不渡に。この先の希望も見つけられず、会社をたたもうと思いながらも模索していたところに、たまたま墨田区のものづくりコラボレーション事業がはじまって。やってみてダメなら諦めがつくから、チャレンジしてみようと思ったんです」
これが2009年のこと。とはいえ当時の笠原さんは、仕入れの値段も販売の仕方も、全く分からない状態だったといいます。
「もう、おっかなびっくりでしたよ。今まではお客さんから『こういうのできますか?』と聞かれて『この金額でできます!』とやりとりするだけだったので。そんな状態で、ものづくりコラボレーション事業で組むことになったデザイナーさんが持ってきたのが、とあるトングでした」
ここから、笠原スプリング初のオリジナル商品となる「てのひらトング」の開発がはじまります。
試行錯誤の末に生まれた、町工場の技術を集結させた商品
「この形状に行き着くまでには、もう『馬鹿なんじゃないの』と思われても仕方ないくらい、何度も何度もやり直しをしました」
本来は年内の2009年に新商品として形にすることがプロジェクトのゴールだったところを延長し、知り合いの工場の人たちにも助けてもらいながらの試行錯誤の日々。
しかし、なかなかゴールが見えず、ついには「これ以上やっても笠原さんが大変だから」と、2010年の12月までに完成しなければ、プロジェクト自体を打ち切る宣告が運営側から下されたほどでした。
そんなドラマを経て、理想的なトングの形ができたのは、着手から1年半後のことでした。表面にシワが寄ることなくなめらかな曲線を作るために、公表はできないけれどいくつもの工夫や手間が施されています。
「思い返すとエピソードがありすぎて(笑)。だから、やっとできたという安心感もありましたが、なにより自分の会社の名前がついた商品が世の中に出ていくことの嬉しさが込み上げてきました。それに、手伝ってくれた知り合いの工場の人たちや、アドバイスをしてくれた金型の専門家の先生にもすごく感謝しています。こういうつながりも含めて、優しい街だなぁと思います」
その後はいよいよ販売開始。すると、これまで直接届くことのなかった、ユーザーさんからの嬉しい声もあったそうです。
「以前、大阪のテレビ番組に出させてもらったことがきっかけで、大阪の百貨店でてのひらトングがたくさん売れたことがあったんです。その時に買ってくれたお客様なのかな。ウチに電話がかかってきたんです。『前と同じところで買えないんだけど、お宅なら買えるの?これじゃなきゃ使いにくくてダメなんだよ』って。嬉しかったですね。
小売店からしたら『3,000円代のトングなんてありえない』って思うかもしれませんが、私としては機能面で考えたら5,000円でもいいんじゃ?とか思っちゃう(笑)。それくらい細かい工夫がつまっているんですよ」
実際に触らせてもらうと、曲線を描いているはずのトングの端部分が、ピッタリと噛み合うことに驚きました。
「直線に切り抜いてしまうと、先端の部分しか噛み合わないから、あえて曲線になっているんです。これが技術的には大変なんですけどね」
しかし、てのひらトングのみを持って展示会に出すと「これしかないの?」という反応も。そこで、数々のものづくり企業とのコラボレーション商品を手がけてきたセメントプロデュースデザインさんと一緒に作ったのが「ツリーピック」でした。
「普通のステンレスを金型で抜けば完成!…みたいに簡単だったら良いんですけどね。それだとぐにゃっと曲がってしまうんです。だから、ステンレスのバネ素材を使っています。素材が堅いし、ツリーの形で外周が長いので、金型に負担がかかって折れてしまったりと、こちらの商品も売れる状態に行き着くまで大変でした。他の作り手さんとの交流会があったときに、同業者の方が『自分のところにも同じ機械はあるけれど、これはできない』と。いろんなところに配慮して作らないといけないので、ただ型を抜けば良いわけではないんです」
あの時、諦めないでよかった。商品をきっかけに名前を知ってほしい
「ウチは、最新の機械で早く量産するようなことはできないけれど、昔の職人さんに教えてもらって受け継いだ技があります。型がなくても持っている機械や道具を工夫してものを作ることができるし、少ない量や中途半端な量でも対応できる。そういった強みに期待して声をかけてもらえると、できるだけ応えたいと思うんです」
てのひらトングやツリーピックの存在は、笠原スプリング製作所を知ってもらう機会にもなっているそうです。
「町工場って、なかなか知ってもらう機会がないですよね。こうやって商品を作って販売することで名前を知ってもらえると、新しい仕事のお話も来るようになりました。だから、リーマンショックで大変だったときに諦めてしまわないでよかった。名前もそうだけど、こんなに小さい町工場でも新しい商品を作ることができるんだと知ってもらいたいし、ぜひ多くの人に使ってもらいたいです」
町工場の4代目が必死な思いで生み出した商品。背景にある物語を知ると、手にとってみたときの愛着もひとしおでした。
素敵なHello!が、今日もあなたに訪れますように。
(取材・執筆:山越栞)
住所 | 墨田区八広5-17-3 Google mapで見る |
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TEL | 03-3611-1878 |
「てのひらトング」 |
2011年すみだモダン認証 ベストオブすみだモダン認証 |
「TREE PICKS」 | 2016年すみだモダン認証 |
WEB | http://kasahara-spring.com/ |
etc. | Get!East Tokyo |
※本記事に掲載している情報は、2022年8月時点のものです。
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