墨田は文化度の高い街。新日本フィルハーモニー交響楽団を率いる佐渡裕さんの使命感
音楽の溢れる街、すみだ。
墨田区は昭和63年より「音楽都市構想」を掲げ、音楽にまつわるイベントも一年を通して数多く開催されています。その中核をなすのが、すみだトリフォニーホールを拠点とする新日本フィルハーモニー交響楽団の存在です。
そして、楽団の創立から50年を迎える記念すべき2022年の4月にミュージック・アドヴァイザーに就任し、来年4月には同楽団の音楽監督に就任予定なのは、世界的な指揮者でもある佐渡裕さん。楽団での活動だけでなく、墨田区のすみだ音楽大使も務めています。
世界各地のステージに立ち、街や人と接してきた巨匠は、オーケストラだけでなく幅広く墨田の音楽を盛り上げていく存在として街にやってきた今、何を想うのでしょうか。
お忙しい合間にも、こころよくインタビューに応じてくださいました。
文化というのは、その地に根差してこそ意味のあるもの
– すみだ音楽大使として活動をする中で、墨田区にどんな印象を持ちましたか?
ひとことで言えば「面白い街だな」と思います。例えばふらっと入ったお店でも、非常に人懐っこく歓迎してくださる。もちろん、僕のことを知っているか知らないかは関係なくね。僕は京都の太秦の商店街で生まれたので、墨田の人情深さにすごく親しみを感じるんです。すみだ音楽大使に就任してから「すみだ佐渡さんぽ」という名前でYouTube配信も何本かしているのですが、そこで色々な場所を巡って、文化や歴史を知ることができたのはすごくよかったですね。
やはり、戦争の大空襲によって街の形も随分変えられただろうし。そうしたところをまずは楽団のメンバーが案内してくれたので、知ってよかったなと思いました。もうすぐ終戦から80年が経つけれど、戦争によって失われた貴重な文化遺産がある一方で、モノづくりの歴史だったり、相撲文化や、かつて北斎が住んでいた名残もある。そうした文化が息づいている、本当に面白い街だと感じています。
そういった土地に、さらに東京スカイツリーや隅田川花火大会など、色んなシンボルが存在している。文化度が高いところだなと僕は思います。「東京」っていうすごく大きな単位の中で、はっきりここが「墨田区だな」と感じられるものがあるのは大きな魅力なんじゃないかな。
– そんな風に佐渡さんが積極的に街を知り、関係を作っていこうとされているのはなぜなのでしょうか?
オーケストラは「文化事業」と言われるじゃないですか。この「文化」っていうのは、地域に根差してこそなんですよね。
マスメディアが「文化遺産」とか「◯◯の文化を守る」などと取り上げているものを見ると「文化」ってすごく大きくて遠いものだと感じるかもしれないけれど、その地域のお祭りや街特有のモノづくりの文化など、「地域に根差している」ことが重要なキーワードです。
だから、この墨田の街にトリフォニーホールがあって、新日本フィルハーモニー交響楽団というオーケストラがあることを、もっともっと十分に活かして地元の人たちが誇りに思えるものにしていきたい。もちろん良い演奏会をすることは大前提ですが、僕のまず最初の目標は街としっかりつながっていくことだと考えています。
次の世代につなぐための学校訪問
– すみだ音楽大使への就任当初から積極的に学校訪問をされていますよね。
はい。僕にとっては音楽家以前に人として「次の世代に何を届けるか」が重要です。特にティーンエイジャーは人生で一番輝いている時。でも子供と大人の間にいる年代だからこそ、周りの大人たちが彼らと繋がり、働きかけることが肝心だと思っています。そういう意味で墨田の街を少しずつ少しずつ盛り上げていくために、僕はまず学生たちと直接繋がりたいと思っています。
僕自身がある時は小学生と一緒に授業をしたり、高校のオーケストラ部を訪問したり。そうやってこの数年の間に、墨田区にある全ての小・中・高等学校へ行けたらなと思っています。
– 実際に訪問したら、どんなことをされているのですか?
例えば中高生の吹奏楽部やオーケストラ部では、演奏に対して具体的に指導をしています。それから、学生たちと直接話をする時間を必ず設けてもらっています。そういったところから、墨田で音楽を奏でている「誇り」を感じてもらえたらいいなぁと。
– そんな風に街と関わりながらも、実際にすみだトリフォニーホールに立って指揮をしているとき、佐渡さんが何を感じているのかが気になります。
僕がフランスのコンクールに優勝して、20代の時に日本でのデビュー公演をしたオーケストラが新日本フィルなんです。あるいは、小学校の時からテレビで小澤征爾さんと山本直純さんが新日本フィルと作られていた「オーケストラがやってきた」という番組を毎週夢中になって観ていました。その新日本フィルの指揮台に自分が立って、しかも創立50年を迎えた節目に音楽監督として呼んでいただけるというのは非常に光栄だし興奮しています。そういう特別な感情を持って、これからもトリフォニーの指揮台に立つことになると思います。
それに、東京でこういうポジションを任されるのは初めての経験です。今までにも都内のホールで他の在京オーケストラとたくさん演奏会をしてきましたが、このトリフォニーホールでの新日本フィルの演奏会を今年から重ねてみて、「ここのお客さんとはうまくやっていけそうだな」という予感がしているんです(笑)。舞台で指揮していると、会場のお客さんの気や思い、集中力等、背中で感じるものってたくさんあるんですよ。演奏を終えて振り向いた時にも皆さんがマスク越しでも本当に喜んで拍手してくださっているのが良くわかります。皆さんの期待もすごく感じますし、お客さんのエネルギーをこれからもオーケストラと一緒にいっぱい感じて力にしてきたいです。
敷居をまたぐ心地よさを残しつつ、より多くの人々へ
– 佐渡さんは、音楽監督としての使命をどう捉えているのでしょうか?
僕の先生であったレナード・バーンスタインが亡くなった時に、共通の友人から「バーンスタインが佐渡くんに初めて会った直後に言っていたことを思い出すよ」と聞かされたことがあります。「俺はじゃがいものような奴を見つけた」と。「今は泥がいっぱいついているけど、その泥が落ちたときに、世界中の人が毎日食べるような音楽を作るだろう」と。
これは褒め言葉でもあり、僕にとっては一生の宿題なんですよ。当時はまだ26歳だったから、今はだいぶ泥は落ちたと思うんですけどね(笑)。とはいえ、いつまでも自分の中の泥を落としていくことはしなきゃいけない。そして、世界中の人が毎日聞くような音楽を作るために、一人でも多くの人にオーケストラやクラシック音楽の魅力、演奏会に行く喜びを伝えていくというのが僕にとっての一番大きな仕事なんじゃないかなと思っています。
だからこそ、トリフォニーホールという音楽の神殿のような場所の扉を開いて「オーケストラを聴きにいらっしゃいませんか?」と呼びかけるのが、自分の大きな使命だと感じています。
– これまでトリフォニーホールに足を運んでこなかった人たちにも機会を作っていくのですね。
オーケストラがただただ「親しみやすいもの」になればいいと思っているわけではないんです。深さがあって、壮大さがあって、感動的なものであることは大切です。お客さんたちにとってその敷居はあまり高くない方がいい。でも、敷居をまたぐ快感はあるべきだと思っています。やたらに敷居が高くて、塀の向こうは何も見えない畏れ多い世界には絶対にしたくないですね。
– なるほど。たしかにそのバランスは重要ですね。
それに、さまざまな理由で演奏会には来られないという人もたくさんいるわけですよ。そういう人たちにとってもここに新日本フィルがあることをやっぱり誇りに感じてもらえるようにしなきゃならないと思うんです。今はこれだけ世の中に音が溢れている時代なので、学校訪問以外にも、そういう機会や縁は大いに作っていくべきですね。
最初にも話しましたが、「文化」は地域に根差してこそ。墨田区の錦糸町という場所はそういう意味ではオーケストラのイメージとはピッタリ合わなかったのかもしれないけれど、そこをあえて選んで、トリフォニーホールをつくり、新日本フィルがここを拠点にしてきたことを、僕はいい意味でもっと深読みしていきたいと思います。
暮らしのとても身近なところにオーケストラがある。それを実現するには、この墨田っていう街はぴったりだと思います。もし実現したら、オーケストラの理想形なのかもしれないとまで思っています。
この場所だから叶えられる、オーケストラの街へ
街と人と関わり、墨田の文化を愛し、音楽監督として、人としての使命感を持ちながらタクトを振る佐渡裕さん。その存在により、墨田区がより「音楽都市」として育っていくことは言うまでもありません。
佐渡さんのいるすみだトリフォニーホールで、新日本フィルハーモニー交響楽団のオーケストラを聴くという、新たなイースト東京の文化をぜひ体感してください。
素敵なHello!が、今日もあなたに訪れますように。
(取材・執筆:山越栞)
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すみだトリフォニーホール | 〒130-0013 東京都墨田区錦糸1-2-3 |
WEB | https://www.njp.or.jp/ |
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※本記事に掲載している情報は、2022年10月時点のものです。
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